『花束みたいな恋をした』
監督:土井裕泰
製作:2021年・日本
上映時間:124分

邦画のラブストーリー。
私が一番手を伸ばさないジャンルの映画だ。が、とても良かった。

『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』
著:三宅香帆

の中で、働くと本が読めなくなる現象を如実に描いている映画として紹介されていて、気になり観てみた。

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刺さりまくってしまった。
京王線明大前駅で終電を逃した事から始まる出会い。
明大卒業生としてはまず、映画で明大前の風景を見られる事に打たれる。夜の明大前。オールで明かした学生時代の夜。
そんなノスタルジーが画面からドバッと噴き出す。耐えられない。

終電を逃した主人公の二人は、色んな偶然が重なって交際を始める。
サブカルにかける情熱も同じ、それぞれの偏愛すらも愛おしく思う。
まさに運命的な恋が描かれる。ずっと現状を維持したい。若い彼らはそんな事を目的に共に暮らし始める。

一方で、社会人としてのステータスは変化を迫る。
実家が花火職人・イラストレーター志望の麦くんは、「いつまで遊んでんだ。帰って花火作れ」と実家に迫られる。
広告代理店勤務の父を持つ絹ちゃんは、いわゆる実家の太さで、生活の余裕を感じさせる。

現状維持の為、麦くんは就職を決意。絹ちゃんも就活を始める。
絹ちゃんは定時で上がれる余裕のある仕事に、麦くんはかなりブラックな労働環境に。
この仕事環境の差が、二人の意識に差を生み始める。
従来通りサブカルを満喫する絹ちゃん。仕事に役立つビジネス書、啓発本ばかりを手にするようになる麦くん。
二人のステージの変化により、お互いに相手の変化を「悲しいこと」として捉え始める。

『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』は、読書のみではなく、「あなたの好きなこと」に置き換えて考えて下さい、という本だ。
この映画の中の麦くんの嘆き
『ゴールデンカムイ』の続きも気にならなくなったし『宝石の国』はどんな話か覚えていない。「パズドラ」しかやる気が起きない。
という箇所が抜書きされている。

生きていく為に労働が必要。
しかし、その労働が、大切な事を蝕み始めるこの映画は、とても哀しい。
誰もが直面するであろう、青春時代の流れ→社会人の時の流れ、を痛いほどに抉ってくる。

輝かしい時の流れにいるうちは、その大切さに気付きにくい。失ってから「あの頃はよかった」と顧みる事の方が多い。
そんな、誰もがノスタルジーを感じる時間を、モノローグを交えたロングスパンの時の流れで見事に描き出している。
とにかく痛い、刺さり過ぎる。

麦くん絹ちゃんはお互いに
「まだそんな事してるの?」
「変わっちゃったね」
とお互いの変化に、変化のなさに、侮りのような感情さえ描き始める。痛い。

物語には何度かファミレスの場面が出てくる。変化と時の流れの中で、固定された思い出の場所は残酷なまでの幻影を見せる。
お互いに引き返せない点に来ている。それでも引き返してほしい!と願いながら、画面に釘付けになる。
ラブストーリーって、こんなに良いものだったのかと42歳にして思う。

ただ、この映画の良いところは、懐古主義ではなく、それでも現在を生きていく所だ。楽しかったあの頃も一つの記憶として真空パックして、今を生きていく。
「あの頃」でぶん殴ってきた後に、ちゃんと今の大切さに目を向けさせてくれる所がニクい。エンドロールの丁寧さを観ながら、これからを頑張ろうという気になる。
過ぎ去った過去は、何かの形で昇華するのだ。

劇中印象的だった台詞。
「またハードル下げるの?」
「ずっと同じだけ好きでいるなんて無理だよ」

とても印象的なシーンは夜の横断歩道。変わらない信号を待ちながら、変わるまでの時間にキスをする二人。その後入るモノローグ「押しボタン式だった」に、ロマンチックなシーンを見せながらちゃんとオチを用意しているバランス感覚を感じ、思わず声を出して笑ってしまった。

ふと観た映画だが、大切な一本になった。

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