喫茶店が好きでよく行く。特にコーヒーの味にこだわりがあるとかでもなく、オシャレなカフェよりは喫煙可能な喫茶店によく行く。今どき喫煙可能な店、というのも珍しいが、神保町界隈の純喫茶にはまだそこそこ喫煙目的店があったりするのだ。
だがそんな純喫茶よりも私が足繁く通ってしまうのが、ベローチェだ。
席で喫煙こそ出来ないものの、喫煙ブースはあるし、何か考え事をしたり、スケジュールを考えたり、文章を作ったりするのにとても居心地がいい。ちなみに今この文章を書いてるのは残念ながらベローチェではなく、恵比寿のルノアールだ。恵比寿の駅前にはチェーンでないルノアールがあって、喫煙者の楽園と化している。新宿西口にあるピースもまた喫煙者の楽園だ。
話をベローチェに戻そう。
喫煙喫茶は数あれど、気付けば私はベローチェにいる。なぜか。
今でこそ一杯600円くらいするよね〜、と思えるが、20代〜30代の前半くらいにかけては「一杯600円!?無理だ!」と思うような生活だった。その当時のベローチェのアイスコーヒーは210円くらいだったろうか。席でタバコも吸えた。
演劇を盛んにやっていた頃、打ち合わせはもっぱらベローチェだった。安くて喫煙可能。そんな喫茶店で台本作成の打ち合わせなんかもした。「いつもの席にいます」と連絡してくる友人は、ベローチェのお気に入りの席を「カフマンシート」と名付けていた。(ちなみにこの友人は俳優のアンディ本山さんで、芸名のアンディは、アメリカのコメディアン、アンディ・カフマンにちなむ事から、カフマンシートだ。別にお前の席じゃねぇぞ。)吸い殻で山盛りになった灰皿を見ながら打ち合わせをしたりした。
その頃の残像が、今も私の足をベローチェに向けるのかもしれない。一杯350円になり、喫煙は喫煙ブースになっても、ベローチェが落ち着くのだ。居場所だ、という感覚だろうか。
今回紹介する映画、『ブレイカウェイ』は印象的なモノローグから始まる。
「最高のレストランとは、汚くてもまずくてもいい、そこが居場所と感じられる場所のことだ」というものだ。
これは、私におけるベローチェだ、と深く腹に落ちた。以前、好奇心から食べログでよく行くベローチェを検索してレビューを読んでみた事がある。
ある一件のレビューが私の目を引きつけた。
「まずい、それがいい。」
そうなのだ、うまい・まずいは、評価に直結しない場合があるのだ。青汁のCMのような「まずい、それがいい」の言葉は、今なお私の心の手帳にしっかりと書き付けてある。失ってはいけない何かとして。
さて、映画の話に戻ると、ストーリーはモノローグからは一転、四人のゴロツキがギャングの金に手を付けて逃走、山奥で廃屋を隠れ家にしようと試みるが、そこをレストランにする計画が浮上する。というトンチキな展開を見せる。
四人のリーダーは言う。居場所が欲しいのだと。だからここをレストランにするのだと。奪った金もレストランへの改装工事などで大体使っちゃった、と。
えっ?
割とハードボイルドな展開で攻めてきてましたけど、レストラン??どうした?
リーダーの突如の行動に、三人の仲間たちは戸惑う。私も戸惑う。戸惑いつつも、「こんな山に客なんか来ない!」と叫びつつも、皆、なんとなく適応していく。私もなんだか受け入れてしまう。
話が進むにつれ、四人の過去のそれぞれのトラウマが明らかになる。歪過ぎるパズルのピースは、この四人でしか成り立たない形で埋められていく。そんな、友情の、人間の物語だった。トンチキな設定から人間の深い部分を描き出し、ツッコミ所は残したまま、なぜかほっこりした気分にさせてくれる。監督はアナス・トマス・イェンセン。間違いなく、デンマークの鬼才だ。
これがハリウッドで作られた映画だったら、確実にギャングとドンパチするクライムアクションになってただろう。
その方が面白いかもしれない。
だが、この映画の魅力は「面白さ」というのとはまた別の次元にある。「まずい、それがいい。」に似た感触かもしれない。
『マッツ・ミケルセン生誕60周年祭』でアナス・トマス・イェンセン監督作品を何本か観た。マッツ・ミケルセン以外にも、監督のお気に入り俳優たちは作品をまたがって登場している。その面々を観ていると、「この人たち楽しそうだなぁ」と、なんだか旧友に再会したような気持ちになるのだ。

『ブレイカウェイ』
原題:Blinkende lygter
監督:アナス・トマス・イェンセン
製作:2000年/デンマーク・スウェーデン
上映時間:109分
↑予告編。
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