『留守(一幕)』
作:岸田國士
初出:1927年4月1日
登場人物はお八重さん、おしまさん、八百屋さんの三人。
二人の女中が主人の留守中にわーきゃーする。
お八重さんの働く家では奥さんが病気がちで、周囲では御主人とお八重さんの間が怪しい、という噂がある。
おしまさんがその噂をお八重さんに告げ、なんだかざわざわする、という筋。
そこに八百屋さんがやってくると、噂の出所を彼だと疑ったお八重さんが問い詰め、勘違いから八百屋さんはお八重さんに対する気持ちを打ち明ける、というコミカルなパートがやってくる。
岸田國士の「はっきりとは書かない」台詞が、微妙な気持ちの揺れ動きを想像させて面白い。
明言を避ける、というか、曖昧な部分を残す、というか、そんな台詞のやり取りが「こうかもしれないし、ああかもしれない」というような微妙な隙間を作っていて、「あぁ、こういうことなんだ」と読む側がする理解も色々に生まれそう。
日常のコミュニケーションでもこういうことは結構あるように思う。同じ会話を聞いていても人によって受け取り方が違ったりするから難しいし面白い。
私が大学の時分に、岸田國士をとことん読んで上演する授業があり、その先生は「岸田國士の台詞は氷山の一角だ。その下にこそ大きな気持ちが隠れている。それを深く想像し、台詞と台詞の間を埋めていく事が必要になる。」とよく仰っていた。実は岸田國士、明治大学の先生だったのだ。
また、私が通った文学座でも岸田國士作品の授業があり、その際には「台詞は残りかす」という言葉をよく聞いた。
岸田國士は文学座の創立メンバー。
思えば岸田國士と縁のある進路で演劇を学んできたものだ、私も。
この作品では御主人とお八重さんの密通が、前半ではほぼ本人も認める形で展開するが、後半では一転、お八重さんは「後ろめたいことはない」と主張する。この辺の転換にも、お八重さんの気持ちがちらちらと垣間見えるようで味わい深い。なぜ、前半後半で主張の内容が異なるのか。この「なぜ」こそが大切だ、と、「なぜなぜ癖」を仕込んでくれたのは、文学座の演出家・故・高瀬久男さんだ。
この「なぜ」そうなったのかをしっかり考えて台詞の背後の人物の気持ちを埋めていく作業というのが、演劇の、特に岸田國士作品を上演する際の面白さだと思う。ただ、それをどれくらい表現するのか、というのも難しい。あからさまに出しすぎても説明的になるだろうし、秘めすぎると観客の想像力を刺激するに到らない可能性もありそう。
上演する側があれこれ想像した物も、「こう考えたんです」が伝わらなすぎると、観ている側としては「はぁ、それで?」になってしまう。
俳優は岸田國士作品が好きな人が多そうだ。作る際の議論や想像が楽しいから、「やってる感覚」が強くなる。ただ、この楽しさが客席まで伝わらない岸田作品の上演も少なくないように思う。面白い上演はとことん面白いが、自己満足的な作品にもなりやすい、それが岸田作品上演の罠かもしれない。楽しさを「見える化」する絶妙な匙加減。それを探っていくのもまた、面白さなのだろう。
岸田作品が描くのは昭和の時代の、「言いたい事をあんまりはっきり言わない」「自分の感情は押し殺しがち」な日本人。男は見栄っ張りで弱く、女は表向きな主張はあまりしないが芯が強い。
そんなかつての「国民性」も、現代の日本では共感しにくい部分も出てきているだろうから、「見える化」はやや強めの方がいいのかもしれない。
さて、『留守』の話に戻る。八百屋さんが登場してからの展開は完全にコント的。完全にお八重さんの意図を誤解した八百屋さんが、自分で自分の首を絞め、観念して想いを打ち明ける。その後も彼の勘違いは続いたまま、ちょっぴりほっこりした空気で物語は幕を閉じる。
三者三様に何かを思ったまま、寿司を食べる感じが面白い。

YouTubeで私もいくつか岸田國士作品の朗読を出しているので、再生リストを貼っておく。
【ネタバレあらすじメモ】
中流家庭の茶の間。
お八重さんが本を読んでいると隣の家の女中おしまさんが来る。色々話す。お八重さんの方が経済状態が良い。おしまさんには縁談話があるとか。
お八重さんはおしまさんに頼まれ髪を結い始める。どんな人と結婚したいかという話。
おしまさんは、近所でお八重さんと御主人の間が噂になっていると告げる。奥様が何度も入院し、その間に仲が深まっているのでは、と。お八重さんの反応を見るに事実らしく、おしまさんは励ます。
お八重さんは、この間妙な事があったと話す。御主人の留守に若い学生らしい男が訪ねてきた。この事は御主人に秘密だよ、その代わり御主人の秘密も詮索しないから、と言われたそうだ。
お八重さんは罪悪感から暇を貰おうかと思っている。おしまさんは妾になるか奥様を追い出すかだと焚き付ける。途方に暮れるお八重さん。
八百屋が来ると二人は座布団を用意したりたばこを出したりと厚遇する。おしまさんは出かけ、八百屋とお八重さんは二人きり。
お八重さんは、八百屋に「何か言いふらしていないか」と尋ねる。
八百屋は自分に関わりがあることか?と思い、とうとう自分の、お八重に対する気持ちをさらけ出す。
おしまさんが帰ってくると、お八重さんは「自分はあなたのようにみだらな事をしたりしない」と抗議する。二人は喧嘩になり、八百屋が勘違いしたまま仲裁に入る。会話の中で、おしまさんがお八重さんの年齢などを八百屋に流していたことが分かる。おしまさんは冗談に、八百屋に結婚の世話をしようかと言い出す。八百屋はあたふたする。寿司が到着。三人、食べる。
幕
作:岸田國士
初出:1927年4月1日
登場人物はお八重さん、おしまさん、八百屋さんの三人。
二人の女中が主人の留守中にわーきゃーする。
お八重さんの働く家では奥さんが病気がちで、周囲では御主人とお八重さんの間が怪しい、という噂がある。
おしまさんがその噂をお八重さんに告げ、なんだかざわざわする、という筋。
そこに八百屋さんがやってくると、噂の出所を彼だと疑ったお八重さんが問い詰め、勘違いから八百屋さんはお八重さんに対する気持ちを打ち明ける、というコミカルなパートがやってくる。
岸田國士の「はっきりとは書かない」台詞が、微妙な気持ちの揺れ動きを想像させて面白い。
明言を避ける、というか、曖昧な部分を残す、というか、そんな台詞のやり取りが「こうかもしれないし、ああかもしれない」というような微妙な隙間を作っていて、「あぁ、こういうことなんだ」と読む側がする理解も色々に生まれそう。
日常のコミュニケーションでもこういうことは結構あるように思う。同じ会話を聞いていても人によって受け取り方が違ったりするから難しいし面白い。
私が大学の時分に、岸田國士をとことん読んで上演する授業があり、その先生は「岸田國士の台詞は氷山の一角だ。その下にこそ大きな気持ちが隠れている。それを深く想像し、台詞と台詞の間を埋めていく事が必要になる。」とよく仰っていた。実は岸田國士、明治大学の先生だったのだ。
また、私が通った文学座でも岸田國士作品の授業があり、その際には「台詞は残りかす」という言葉をよく聞いた。
岸田國士は文学座の創立メンバー。
思えば岸田國士と縁のある進路で演劇を学んできたものだ、私も。
この作品では御主人とお八重さんの密通が、前半ではほぼ本人も認める形で展開するが、後半では一転、お八重さんは「後ろめたいことはない」と主張する。この辺の転換にも、お八重さんの気持ちがちらちらと垣間見えるようで味わい深い。なぜ、前半後半で主張の内容が異なるのか。この「なぜ」こそが大切だ、と、「なぜなぜ癖」を仕込んでくれたのは、文学座の演出家・故・高瀬久男さんだ。
この「なぜ」そうなったのかをしっかり考えて台詞の背後の人物の気持ちを埋めていく作業というのが、演劇の、特に岸田國士作品を上演する際の面白さだと思う。ただ、それをどれくらい表現するのか、というのも難しい。あからさまに出しすぎても説明的になるだろうし、秘めすぎると観客の想像力を刺激するに到らない可能性もありそう。
上演する側があれこれ想像した物も、「こう考えたんです」が伝わらなすぎると、観ている側としては「はぁ、それで?」になってしまう。
俳優は岸田國士作品が好きな人が多そうだ。作る際の議論や想像が楽しいから、「やってる感覚」が強くなる。ただ、この楽しさが客席まで伝わらない岸田作品の上演も少なくないように思う。面白い上演はとことん面白いが、自己満足的な作品にもなりやすい、それが岸田作品上演の罠かもしれない。楽しさを「見える化」する絶妙な匙加減。それを探っていくのもまた、面白さなのだろう。
岸田作品が描くのは昭和の時代の、「言いたい事をあんまりはっきり言わない」「自分の感情は押し殺しがち」な日本人。男は見栄っ張りで弱く、女は表向きな主張はあまりしないが芯が強い。
そんなかつての「国民性」も、現代の日本では共感しにくい部分も出てきているだろうから、「見える化」はやや強めの方がいいのかもしれない。
さて、『留守』の話に戻る。八百屋さんが登場してからの展開は完全にコント的。完全にお八重さんの意図を誤解した八百屋さんが、自分で自分の首を絞め、観念して想いを打ち明ける。その後も彼の勘違いは続いたまま、ちょっぴりほっこりした空気で物語は幕を閉じる。
三者三様に何かを思ったまま、寿司を食べる感じが面白い。

YouTubeで私もいくつか岸田國士作品の朗読を出しているので、再生リストを貼っておく。
【ネタバレあらすじメモ】
中流家庭の茶の間。
お八重さんが本を読んでいると隣の家の女中おしまさんが来る。色々話す。お八重さんの方が経済状態が良い。おしまさんには縁談話があるとか。
お八重さんはおしまさんに頼まれ髪を結い始める。どんな人と結婚したいかという話。
おしまさんは、近所でお八重さんと御主人の間が噂になっていると告げる。奥様が何度も入院し、その間に仲が深まっているのでは、と。お八重さんの反応を見るに事実らしく、おしまさんは励ます。
お八重さんは、この間妙な事があったと話す。御主人の留守に若い学生らしい男が訪ねてきた。この事は御主人に秘密だよ、その代わり御主人の秘密も詮索しないから、と言われたそうだ。
お八重さんは罪悪感から暇を貰おうかと思っている。おしまさんは妾になるか奥様を追い出すかだと焚き付ける。途方に暮れるお八重さん。
八百屋が来ると二人は座布団を用意したりたばこを出したりと厚遇する。おしまさんは出かけ、八百屋とお八重さんは二人きり。
お八重さんは、八百屋に「何か言いふらしていないか」と尋ねる。
八百屋は自分に関わりがあることか?と思い、とうとう自分の、お八重に対する気持ちをさらけ出す。
おしまさんが帰ってくると、お八重さんは「自分はあなたのようにみだらな事をしたりしない」と抗議する。二人は喧嘩になり、八百屋が勘違いしたまま仲裁に入る。会話の中で、おしまさんがお八重さんの年齢などを八百屋に流していたことが分かる。おしまさんは冗談に、八百屋に結婚の世話をしようかと言い出す。八百屋はあたふたする。寿司が到着。三人、食べる。
幕
コメント