『アテネのタイモン』
原題:The life of Tymon of Athens
作:ウィリアム・シェイクスピア
執筆:1607年頃
訳:松岡和子(ちくま文庫)

「ああ、人間の耳ってやつは、忠告は聞こえないのに、おべんちゃらは聞き取れるんだな」
「そういう褒め言葉を買う金がなくなれば、褒め言葉を言う息も消えてなくなる」

シェイクスピアとトマス・ミドルトンの合作、と言われてるらしい悲劇・問題劇。
昔のアテネで絶大な富と影響力のあったおじさん・タイモンは、気前の良さから色んな人に色んな物を与えてしまう。
執事から忠告されても耳を貸さず、人に与えることを惜しまず、やがて破産する。

その時、今まで親切にした友人たちから金を借りて工面しようとするも、彼に金を貸してくれる者は一人もいない。

極度の人間不信に陥った彼は一人森に引きこもり野獣のような生活の末、人知れず息を引き取る…。

というお話。
色々とっちらかっていて、未完の戯曲と呼ばれる事も少なくないそう。
あらすじだけ聞くとどこに面白さがあるのか甚だ疑問な感じだけれど、森に引きこもった後の膨大な人間への憎しみの台詞がおそろしくパワーがある。

その勢いは、娘たちに裏切られて荒野をさまようリア王と同じ様な風格を持っていて、リア王は主に「女性」への呪いの言葉だったけれど、
タイモンに関しては「人間すべて」に対する呪いの言葉だからスケールがでかい。

お金をばらまいた末に誰も本当の友達がいないことに気付き森で愚痴り続けるおっさん、というとなんだかショボい話だけれど、
人間の欲・本性を見た男が人類全体への呪詛をぶつける、というと壮大な話に思える。
誰か、お金貸してやれよ。

五幕のお芝居で、一幕と五幕の両方で、タイモンに媚びへつらう人々が彼に「聞こえの良い褒め言葉」を並べ立てるシーンがあるのだけど、
台詞の内容としてはほぼ同じなのに、タイモンと時を過ごした観客には最終幕の台詞はいかにも形だけの、最高に邪悪な言葉のように響いてくるのが皮肉。

アテネの将軍アルシバイアディーズが、自分を追い出したアテネに対し軍を率いて報復する、という副筋もあるけれど、あまりクローズアップされないのが哀しい。

ちくま文庫の松岡和子訳のあとがきには
「信じるべきでない人を信じた事による悲劇」
という言葉があり、シェイクスピアの悲劇はたいていこのパターンと書いてあり、思い返すと本当にそうだな、そこがドラマの推進力なのだな、となりました。


_20200402_163453




【収録】
『アテネのタイモン シェイクスピア全集29』
作:ウィリアム・シェイクスピア
訳:松岡和子
2017年 筑摩書房




【ネタバレあらすじメモ】


★第一幕★

第一場 タイモン邸の広間
詩人や画家など、タイモンを称える人々が集まり話をしている。タイモンは絶大な富と影響力を持っており、皆が彼に取り立てられたいと望む。
金で困っているという友・ヴェンティディアスの使者に気前よく金を貸すタイモン。召使いのルシリアスにも結婚のために金を、画家にも宝石商にも大盤振舞い。
哲学者アペマンタス、やってきて色んな人にケチをつける。道化的な発言。
武将・アルシバイアディーズ凱旋。アペマンタスを残し皆去る。
貴族はアペマンタスをなじり、アペマンタスも去る。貴族もタイモンの宴会に出るために退出。

第二場 タイモンの邸宅の宴会場
アペマンタスはタイモンが金狙いの取り巻きにちやほやされている事を皮肉で警告する。
タイモンには次々にめでたい差し入れがされ、タイモンはそれ以上の物を送る約束をする。
執事フレヴィアスはそれを苦い目で見つめる。彼だけが、タイモンの金庫が底をついたことを知っているが、それを告げたくても告げる機会が与えられない。
一同去り、タイモンとアペマンタス。タイモンはアペマンタスに、もっと良いことを言えと求めるがアペマンタスはそうしない。
二人去る。


★第二幕★

第一場 ある元老院議員の邸
金貸しの元老院議員が自身の借金に困っている。彼は召使いのケイフィスに、タイモンから貸した金の取り立てをしてくるよう命じる。

第二場 タイモンの邸
執事のフレヴィアスが嘆いている。ところへケイフィス、またイジドーとヴァローの召使い。皆、金を返してもらいに来ている。
タイモンがアルシバイアディーズと共に狩りから戻ると皆が借金を返してくれと詰め寄る。アルシバイアディーズらを先に行かせ、フレヴィアスに訳を尋ねるため引っ込む。
借金取りたちは、やってきたアペマンタスと道化相手に少しおふざけ。
一同退場し、タイモンとフレヴィアスが戻る。タイモンは金がないと言うフレヴィアスを叱責するが、フレヴィアスは何度も忠告をしたのだと告げる。
土地も全て抵当に入っている今、借金を返済する術はないと。タイモンは、こういう時こそ今まで親切にしてきた友人たちの出番だと、召使いらを集め様々な友に使いを出す。
元老院にもフレヴィアスを送ろうとするが、彼は既に借財を断られ帰ってきた所だと言う。
ならばと、フレヴィアスはタイモンの友人・ヴェンティディアスへと使いに出される。


★第三幕★

第一場 ルーカラスの邸
友人・ルーカラスの邸に来たタイモンの使い・フラミニアスは事情を話し借金を申し込む。ルーカラスは「言わんこっちゃない、気前が良すぎるのが悪い」と言い、フラミニアスに僅かな金を握らせ、自分には会えなかったと伝えるよう告げる。
フラミニアスは金を投げつけ、呪いの言葉を吐く。世界がこんなにも一瞬で変わるものかと。

第二場 街路
ルーシアスが外国人と、タイモンについて話している。俺なら金を貸してやるのに、と。
そこへタイモンの召使いのサーヴィリアスが来て借金を申し入れる。
ちょうど今金がない、悔しいと、善人ぶって断るルーシアス。

第三場 センプローニアスの邸
センプローニアスは、自分の所に一番に来なかった事が友情を踏みにじっている、貸せない、と断る。

第四場 タイモンの邸
タイモン邸の前に借金取りたち。彼らは自分の主人の強欲さにちょっと引いてる。
執事のフレヴィアスが出てくるが、彼はクビになったのだと去っていく。
タイモンが姿を見せると一同請求書を突きつけるが、タイモンは「俺の血で支払う」「心臓を切り刻め」など豪快な事を言い引っ込む。彼は発狂したのだと一同思う。

第五場 タイモンの邸の別の部屋
タイモンは執事・フレヴィアスを呼びつけ、もう一度友人たちを食事に招くように命ずる。何か考えがある様子だ。

第六場 元老院
アルシバイアディーズは元老院相手に、罪に問われている自分の友人を許すように嘆願しているが、議員らは聞く耳持たず彼を追放にする。アルシバイアディーズは追放を逆手に取り、アテネを襲撃しようと心に決める。

第七場 タイモンの邸
タイモン邸に招かれた友人たちに、タイモンは料理と称して器に入ったぬるま湯で迎える。ありったけの呪いの言葉を放ち、湯を客にぶちまける。
友人たちは彼が本当に発狂したと、その場から逃げ出す。


★第四幕★

第一場 アテネの市壁の外
タイモンはアテネから裸で出ていく。あらゆる美しい価値の転倒を願い、森へ入る。世の全てに破滅を願う凄まじい独白の場。

第二場 タイモンの旧宅
執事・フレヴィアスはタイモンの召使いたちになけなしの金を配り、いつまでもタイモンのために、と誓い合い解散する。フレヴィアスは一人、タイモンを探しに出かける。

第三場 森
タイモンは森にいる。ヤケクソで木の根を掘ると黄金が出てくる。物音を聞き、黄金を少しだけ取り、埋め直す。
アルシバイアディーズが娼婦のフライニア、ティマンドラを連れて登場。タイモンを見つけ、アテネに侵攻する計画を話す。タイモンは相変わらず憎悪にまみれ、徹底的に破壊した後お前も滅びろと告げる。アルシバイアディーズに金を渡し、娼婦コンビにも「性病を広げて世界を破滅させろ」と金を渡す。
アルシバイアディーズら去る。
タイモンは木の根を掘って食べる。
そこへアペマンタスがやってくる。二人は言葉遊びがふんだんに含まれた言い合いをする。
アペマンタスと入れ代わりに山賊たちがタイモンを発見。タイモンは積極的に彼らに盗みを奨励すると、山賊たちはなんだかやる気がなくなって「足を洗う」と言って退散。
続いて執事フレヴィアスがタイモンを見つける。彼はタイモンに誠心誠意仕えたい旨を述べる。タイモンは感激するが疑いの心は完全には消えない。
タイモンはフレヴィアスに訪ねる。その誠意は返礼への期待を含んでいないかと。フレヴィアスはきっぱりと真心からだと答える。
感激し、彼に金を与えるタイモン。
「行け、豊かに幸せに生きてゆけ、だが条件つきだ、人から遠く離れたところに家を建てろ。人間すべてを憎み、人間すべてを呪え」
そしてタイモンは彼をも帰らせようとする。
フレヴィアスは「ここでお世話を!」と申し出るも、タイモンの人間への呪いは止まらない。呪われたくなければここから去れと、フレヴィアスを追い払う。


★第五幕★

第一場 アテネの郊外の森、タイモンの洞窟の前
タイモンが金を持っていると聞きつけた詩人と画家は洞窟の前で打ち合わせる。適当に何かを与える約束をして、金をもらおうと。
タイモンはこっそりそれを聞いていて、やはり人間に嫌気が差す。
姿を現し親しげに彼らに近寄り、褒め、そして金や石をぶつけて追い払う。
画家や詩人の言葉がこびへつらいだと分かって見るこの場は、彼らの言葉がタイモンに受け入れられていた時と変わらないのに、まるで違った悪を含んでいるように見える、哀しい場。

第二場 前場に同じ
フレヴィアスが、タイモンと話したがっている元老院議員たちを連れてくる。
彼らはアテネに迫るアルシバイアディーズを撃退するために、タイモンを将軍に迎えたいのだと告げる。
タイモンはまったく取り合わず彼らを追い払う。

第三場 アテネ市壁の外
アテネにもたらされる、タイモン動かずの知らせ。

第四場 森、タイモンの洞窟の前
アルシバイアディーズの兵がタイモンを誘いに来るとそこにはタイモンの墓碑がある。メモして去る兵士。

第五場 アテネの市壁の前
アテネにきたアルシバイアディーズを元老院議員は説得する。罪あるものは罰するから、全てを破壊するのは思いとどまるようにと。アルシバイアディーズは自分及びタイモンを辱めた物の処刑を約束させ、それ以外には危害を加えないと誓う。
そこへタイモンの墓碑銘を持った兵士が到着。アルシバイアディーズが目を通すと
「我タイモン、ここに眠る。生前我は憎悪せり、生ける者すべてを」
アルシバイアディーズはタイモンの無念を思い彼を悼む。