『近代能楽集』
作:三島由紀夫
昭和40年 新潮文庫
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能の舞台を現代に移して展開する、『近代能楽集』
文庫に8篇を収録。
どれも、能特有の空間がぐにゃりとする感じというか、時間が静止する時、みたいな物が面白い仕掛けで盛り込まれていて粋。
三島由紀夫の飾っていく台詞は、シェイクスピアを思い起こさせる。
色んな三島由紀夫に触れられるお得な一冊。
まぁとにかく、美しい。


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【それぞれのあらすじメモと感想】

『邯鄲』
昭和25年

「この枕で寝たものは、悟りをひらかねばならぬ定めになっておる。」

なんとなく人生を放り投げてしまったような青年が、邯鄲の夢(人生は一瞬の出来事であると悟る)の中でもなお人生を放り投げ続け、
それでも生きていく、という主張をし現世に帰る話。
後ろ向きな力強さ、みたいな物がある。

夢の世界に入ってからがある種コントみたいな感じで面白い。


【あらすじメモ】

次郎は自分を育ててくれた菊の元を訪れる。
彼女は不思議な枕を持っている。
中国の邯鄲から渡ってきたというその枕で寝ると、人は夜の儚さに失踪するという。
次郎は、自分の人生はもう終わってるから、それで寝ても大丈夫!と寝たがる。
菊は、失踪する場合は自分を伴にするようにと約束させ、枕を出す。

例のように次郎は夢を見る。結婚し、子供が出来、社長になり、国家元首になり…だが一向にまじめに生きようとしない次郎を、毒殺してしまおうと枕の精がやってくる。
悟りを開いてもらうのが役目なのに、これでは生きて返せない、真面目に生きようとしないあなたは死んでもいい、と。
しかし次郎はそれでも生きたいのだと主張。
枕の精は姿を消し、次郎は菊のもとに戻ってくる。
すると、枯れきっていた庭が、花をつけているのだった。



『綾の鼓』
初演:昭和27年

「はやくきこえるように!諦めないで!はやくあたくしの耳に届くように!」

前半では純情な老人の恋と、下衆な隣のビル、という舞台。善意の部屋、悪意の部屋とト書きで書かれているのが面白い。
ヒロインである華子が一言も喋らないのが面白い。
後半は老人の自殺後、霊となった老人と華子の対話。幻想的な空気が漂う中、華子の打ち明け話が始まる。
片方には聞えて、もう一方には聞こえない鼓の音。その境目が面白い。
あって、ないもの。なくて、あるもの。


【あらすじメモ】

隣り合ったビル。
片方は善意のビル、もう片方は悪意のビル。

善意のビルで働く老人は、窓から見える隣のビルの華子に恋をする。
毎度恋文を届けてもらうが、それは隣の、マダムと呼ばれる女性に処分されていた。
ある日、マダムでない男が手紙を手にし、それを皆の前で読み上げ馬鹿にする。
丁度いた踊りの先生が名案を思いつき、隣のビルに小道具の綾の鼓(鳴らない)を投げ、それが鳴らせたら老人の願いを叶えるのはどうだろう、と。
華子も承知し、鼓は投げられ、老人は鼓を鳴らそうとするが、鳴らない。
美しい人がこんな醜い嘲り方を、と老人は悲しみにくれ、ビルから飛び降りる。


一週間後。
毎晩夢枕に立つという老人の言う通り、華子は深夜にビルに現れる。
そこで彼女は、自分が昔スリだった事などを打ち明ける。老人はそれを知り彼女を罵るが、本心を打ち明けたのも自分の為と知り、改めて鼓を鳴らそうとする。
華子は聞こえないというが、老人の耳には確かに聞こえている。百打ち終わり、老人は失望して消える。
華子を青年が迎えに来る。去り際に華子は、
あと1つ打てば、私の耳にも聞こえたのに。と。



『卒塔婆小町』
初演:昭和27年

「でも、ふしぎだ、あなたのお顔が…」

これ面白い。
公園で、乞食の老婆と若い詩人が、話すうちに小町と少将に姿を変えていき、時空が歪み、再び公園に帰ってくる。

【あらすじメモ】

公園にいる乞食の老婆と若い詩人の物語。
老婆は99歳で、昔は美人だった小町であると話す。
詩人は老婆の物語に付き合い、深草少将を演じていくが、世界はまさに何十年前のその時に姿を変えていき、少将は小町に思いを打ち明ける。
それを言っては命がないと必死に老婆は現実を見させようとするが、少将は愛を打ち明け、死亡。
公園にはアル中で死んだ詩人と老婆。



『葵上』
初演:昭和30年

「あなたが生きていらっしゃることそのことだけが、大ぜいの女の苦しみの種子になっていることがおわかりになるわ。」

『近代能楽集』に収められた一篇。
病院の葵のもとに六条康子が訪ねてくる、という、能の現代化。

あなたの左にいると右の顔が見えないのが辛い、と底抜けの嫉妬心を発揮する康子が、なんとも迫力がある。
途中から舞台にヨットが登場し、思い出の世界へと跳躍する感じが能っぽい。


【あらすじメモ】

病院に入院している葵の元を光が訪れる。
看護婦からは、君の悪い中年女性が見舞いに来るのだと告げられる。
はたして、六条康子が現れ看護婦は去る。
光は拒絶するが、中盤以降幻想的な世界・ヨットの思い出に誘い込まれ一時葵の事を忘れる。
葵の叫びで自分を取り戻した光は六条を帰らせるが、気になって六条の家に電話。すると康子はずっと家にいる。生霊だったのだ。
とすぐに外から、手袋を忘れたと六条の声。
光は外に出ていく。
葵は一人、死を迎える。



『班女』
発表:昭和30年

「…私は諦めないわ。もっと待つわ。もっともっと待つ力が私に残っているわ。」

班女、とは中国の女性で、帝の寵愛を失い
自らの身を夏の扇(秋には捨てられる)に例えた歌を読んだ人だそう。

恋焦がれて待っていた男性がついに登場、からの、幻想と実物の摺り合なさが面白い。
本物が偽物になり偽物が本物になる、価値の転換が面白い。
元の能では想い人と再会してめでたしめでたし、となるらしい。

世界の跳躍はないが、本物を認識できなくなっている花子が、時の移動をせずに既に跳躍してしまっている、さらに絶対に会えない存在を待っている、という所に静止した時を感じて味わい深い。


【あらすじメモ】

美しい花子は一度会って再会の約束をした吉雄に恋い焦がれ気が狂う。
中年画家の実子は彼女の美しさに惹かれ保護下に置く。
新聞にこのエピソードが出てしまい、実子は吉雄が訪れることを警戒し、花子を連れて家を出ようとするが、それより早く吉雄が訪れる。吉雄は花子との再会を喜ぶが、花子は彼を吉雄とは認めない。
彼を帰し、花子はひたすらに吉雄を待つ決意を固める。実子はそのそばにいつまでもいられる事に喜びを感じる。



『道成寺』
発表:昭和32年

「あんな怖ろしい悲しみも、嫉妬も、怒りも、悩みも、苦しみも、それだけでは人間の顔を変えることはできないんだって。私の顔はどうあろうと私の顔なんだって。」

ベッドが入るくらい大きな美麗なタンスのオークション会場を舞台に話が進む。
能の道成寺では鐘だったものが、現代化でタンスになってるのが面白い。
そこへ、中で撃ち殺された想い人への想いを遂げようとする女がやってきて…。

夢幻的な時空の跳躍はないが、少女によって語られるタンスの内部の様子、鏡張りでどこもかしこも自分の顔だらけ、というのが、ある種その空間の役割をしていて面白い。
ちょっと江戸川乱歩の『鏡地獄』を彷彿とさせる。
少女とオークション主の値段の掛け合いが、謡をイメージして書かれているというのが面白い。

能では自らの炎で身を焼く蛇の化身の女だが、このお話では生きる力を発見して、新生して出てくる。そこに漂う清々しい美、三島由紀夫!


【あらすじメモ】

巨大なタンスのオークション会場。
金持ちが集うそこに、清子という美女が乱入、中が鏡張りになったそのタンスでは、中で人死があった、と訴える。
金持ちたちは去っていく。
少女はそのタンスを安い値段で買うと言い張る。どうしても売らないのなら、とタンスの中に閉じ籠もり、そこで硫酸を浴びようとする。中で死んだのは彼女の想い人なのだ。
オークション主催者はさらにいわれがついては大変だ、勘弁してくれ、いくらでも売る、というと、少女は出てくる。
四方の鏡に照らされた自分の顔が、悲しみの中にあってもなお美しいことを知り、新しい一歩を踏み出したのだ。



『熊野』
発表:昭和34年

「今年の花は今年きりだよ、ユヤ。今日のたのしみも二度と来ない。一生のうちに、今日という日は一度しかない。」

宗盛の、絶対王者としての君臨具合と、
ユヤの絶対的な美としての存在感がすごい。
この二人が踊ったり踊らされたりしつつする、お花見の話。
幻想的な部分はないが、ある意味「お花見」という状況全体が幻想的とも言えそう。


【あらすじメモ】
大実業家・宗盛が囲っている美人・ユヤ。
宗盛は今日花見に行きたいのだが、ユヤは故郷の母が病だから帰郷させてくれと願う。
宗盛はそれを許さない為にあらゆる手を回し、彼女の母を買収して呼び寄せ、
ユヤは、自衛隊にいる想い人の帰郷日が今日だから帰りたいのだ、という情報をつきつける。ユヤは、この人は母ではない、と否定し、宗盛にもたれかかる。



『弱法師』
発表:昭和35年

「僕ってね…どうしてだか、誰からも愛されるんだよ。」

前半、盲目の俊徳に振り回される両親たちの図はとてもコメディ的で面白い。
そこから、突然異界に引き込まれる如く、俊徳の見えない目に「焼き付いて離れぬ景色」
戦争下での彼の体験が圧倒的長台詞で語られる所が迫力。


【あらすじメモ】

孤児だった俊徳を育てた両親の所に実の両親が現れ、彼の親権をめぐり調停が開かれる。
桜間級子のしきりにより話し合いが行われるが、平行線。
俊徳自身に判断してもらおう、と登場した俊徳は人間の誰をも見下す、盲目の男となっていた。
親と認められたいが為に彼の言いなりになる両親たち。
級子と二人きりになった俊徳は、盲目の目に焼き付いている景色について語る。