美術館やギャラリーに足を運ぶ、という経験のあんまりない私ですが、
歩いていてふと「気になる」と思い立ち寄ったのがこれ。

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落語の写真、「語り」という、私の興味あるジャンルが押し出されていたので。入場無料。

入るとまずは、
同じ写真絵本を複数人が読んで印象を語る読書会から生まれたという展示。
同じ物に触れても着眼点は様々に異なる。
それを人に伝達しようと生まれる「語り」は、
それぞれの個人を通した様々な形になる。

そんなことを改めて体験する所からスタート。おもしろい。

続いて落語の一演目を連続写真で収めたような展示の通路。
落語のライブな時間が瞬間瞬間の表情で切り取られて静止した時間として並ぶ。
最後の座布団だけの写真から一望する数々の瞬間は、なんだか面白い体験だった。

そこから展示スペースに進み、多色ボールペンで描かれた絵や、五線譜に音楽のイメージを描いてあるもの、音で振動する壁を触る体験、映像作品などなど、様々な作品に触れられる。

見ている中で凄味を感じたのは、遺品整理・特殊清掃業に就く小島美羽さんが、自身の経験から作成したミニチュア。
撮影可だったので撮りましたが

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「ごみ屋敷」2017年

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「遺品の多い部屋」2018年

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「終の棲家」2019年

これらが壁がくり抜かれて埋まってるんですが、圧が凄かった。
特に「遺品の多い部屋」は壁にかかる表彰状や本棚の本のタイトル一冊一冊まで作り込まれていて、
「死」ということよりも、「花が好きだったんだなぁ」とか、この部屋の持ち主がどういった「生」を過ごしたのかがバンバン伝わってくるようで、おどろおどろしいという感じではない静寂が漂っていました。

企画担当の田中みゆきさんの文章によれば

「今この瞬間、あなたから紡ぎ出される語りは、あなたの身体と記憶や経験が結びついて生み出される、あなただけのものと言えます。」
とのこと。
まさに、訪れる人によって姿を変える展覧会だなと思いました。

私という、どうにも外しようのないフィルター。
多様なフィルターの表現に触れる事で、改めて私のフィルターを認識する。
そんな経験でした。

朗読でも、私いつも思うのは、正解はない、という事。何かを読み感じる事は本当に人それぞれで、
絶対的に正しい解釈というのは存在しないように思える。
だから私は、読んで私が感じた事を、私の声で読んでいく他ないのだ、と思います。

立ち寄り、足を止め、考える。

貴重な経験の場に出会えてラッキーでした。
入ってみるもんですね。


展覧会 語りの複数性 WAYS OF TELLING
2021年10月9日〜12月26日
11:00〜19:00 月曜休館
東京都渋谷公園通りギャラリー
展示室1、2及び交流スペース