『映画 すみっコぐらし とびだす絵本とひみつのコ』
監督:まんきゅう
脚本:角田貴志(ヨーロッパ企画)
製作:2019年 日本
上映時間:66分


サンエックスの「すみっコぐらし」のキャラクターたちが活躍する映画。





「大人が泣ける」と異常な評判になってるらしく観に行って来ました。

「すみっコぐらし」についての知識はそんなになかったんですが、
映画冒頭で紹介される情報で十分、知らなくても問題ないって感じです。

「泣ける」
というから、
「さぁ、泣かせてもらおうか!」
くらいの気持ちで行ったんですが、まんまと大号泣しました。
今でも思い出したり予告編を観たり主題歌を聴いたりする度に、目頭が熱くなる現象に悩まされます。
(こんなに映画で泣いたのは『クレヨンしんちゃん ガチンコ!逆襲のロボとーちゃん』以来かもしれない。)

よし、泣くぞ!と思って行くと
「いや、それほどでもなくない?」
という結果になりやすい、
期待のハードルが高くなりすぎて実物がそれを越えられない現象はよくあると思いますが、
この映画、やすやすと越えました。

私は「かわいいキャラクター好き」なので、
終始楽しめましたが、
物語の7割くらいは「かわいい」と「癒し」で攻めてくるので、そういうの苦手な人はちょい辛いかも、
と思ったりもします。
それでも、映画の終盤の展開が見事過ぎて、
これは色んな人にオススメしたい気持ちになります。

展開が見事過ぎて、と言っても、
物語の展開の形としては珍しくはない、
王道的な展開と言ってもいいような気がしますが、
王道を、少しも斜に構えることなく、
王者の風格で最後まで突き進むこの姿、素晴らしいです。
物語の「核」となる仕掛けが序盤から少しずつ提示されていて、終盤にいよいよ判明、

おいおい、まじか…

とここの仕掛けに対する衝撃の後は、

そりゃそうなるよね…

あぁ、それでこうなるよね…

と、いわゆる「予想外の展開」といったことは起きないのですが、
もう、堂々と王道を歩いてるので、
いちいち号泣してしまいます。

観客がこの驚愕の「仕掛け」に気付くタイミングと、
物語中の「すみっコ」たちが「仕掛け」に気付くタイミングとの微妙なタイムラグがまた、
人々にとめどなく涙を流させる要因かしらと思ったり。
観客の心の掴み方が巧妙すぎる。

怒濤の終盤から、救いのあるエンディング、
そしてエンドロールと続きますが、
エンドロールは泣き続けるしかないような作りでした。

こんなのずるい。
エンドロールラストカットが、とてもずるい。
ので、観る方は是非最後まで観て下さいって感じです。


この終盤からエンドロールにかけての展開が、
「のんびり平和な」、ともすると退屈する人もいるだろう序盤から中盤にかけての時間の価値を、
輝く、光の、「永遠の一瞬間」に変えていく。
(こんな風に書いてる時点で私は思い出し泣きするのです)
この、場に降り積もった時間が一気に押し寄せてくる感覚は、なんだか演劇的だな、なんて思ったりします。

難しい事考えずに、
童心に返って、
素直に観て、大号泣する。

なんて気持ちのいい映画なんでしょう。

あと、絵がとても綺麗。
手描き風の(でもほんとはきっとすごい技術で動いてる)優しい世界。
優しいナレーション。
そして、えげつない脚本!




少しだけ核心に触れて書きますと、






この映画、「フィクションとの付き合い方」
という点で非常に考えさせられるなぁと思いました。

物語序盤で「すみっコ」たちは、
『せかいのおはなし』
という飛び出す絵本の中に吸い込まれて、
以降その本の中で冒険を繰り広げる
という構造になってまして。

本を読んだり映画を観たりに没頭して、
「まるで作品の中に自分がいるように」
とか
「もう終わってしまうなんて寂しい」
とか思う経験をお持ちの皆様もおられると思うのですが、
まさにそういう所を巧みに描いた映画だなと。

いくらVRとか技術が発展した所で、
現実とフィクションの間には、歴然とした隔たりがあるわけで。

それでも人は物語の人物や出来事に一喜一憂し、
同じ時を過ごす。
その時間が無駄かというとそうではなくて、
フィクションが現実の私たちの心を揺さぶって、
影響を与えてくる。
それが、魂の成長の糧になる。
絵空事に真剣に夢中になって、前に進む。
作り物から真実を得たりするわけで。

そういう、フィクションを、
フィクションだと認識した上で、
それでも人生の傍にきちんと存在する魂として認識する、
というか、そんな映画だなと思ったりしました。
物語との、最上の付き合い方のお手本のような映画、
というか。

そういう意味では、
読書が趣味という「ぺんぎん?」が主役的ポジションにきたのは、さもありなん、という感じです。



観終わって少しだけ、
『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』を思い出しました。
ゲームはゲーム、でもそこで過ごした時間は本物、みたいな。
あの映画はその突き付け方がすごく乱暴でしたけど(笑)


また、フィクション、という事に限らず、
「決して手の届かない別の世界」
という意味で、別れや死についても思いを巡らす事の出来る映画だなと思います。

二度と交わることはない所にいる、
それでも、確かに存在している大切なこと。
忘れないでいること、みたいな。

ずっと一緒にいたい、いられると思っていた対象との、突然の別れ。
人は誰でもやがて死んでいくという宿命的な別離。
そういうシビアな現実を、どう受け止めて生きていけばいいのか、みたいな事。
そういうことに、物語は、力を与えてくれるんだな、
と思います。



僕が中学生とかの頃は、今ほどネットとか発達してなかったので、
「引っ越し」となると割と「永遠の別れ」みたいなイメージがあったんですけど、
なんか、そんな気持ちになります、この映画。
仲の良い友だちが遠くに引っ越していったような。


公開時期もどんかぶりしてる『JOKER』との対比も結構されてるらしいですが、
僕はJOKER感はそんなに感じなかったですね。
絶対的な孤独、みたいな物が物語のスタートにはあれど、
出てくる人物(すみっコ)たちが皆優しいから、
なんだろうなと思います。
孤独の状態から他者に手を伸ばす、
(そしてそれを断られないからこそ)
自分の孤独に人を巻き込まない、
という所に辿り着く。

絵本の中の世界とゴッサムシティと、
「優しさ」の単位がまるで違うのでなんとも言えませんが(笑)

僕は孤独、というよりも、離別、というとこを強く受信しました。



なんというか、観ててちらちら
『星の王子さま』を思い出しました。
まぁ、最近読んだからなんだと思うんですが、
根本に流れてるものが似てるな、と。

「たとえもうじき死ぬとしても、友だちがいたというのは、すてきなことだね。ぼくはキツネと友だちになれたことが、すごくうれしい……」(新潮文庫・河野万里子訳より)


別れが先にあるとしても、出会ったことは決して無駄ではない。

すみっコたちが絵本というフィクションの世界から戻り、別れと向き合う。

やがて映画は終わり、観ていた私たちは
映画 すみっコぐらし とびだす絵本とひみつのコ』
というフィクションの世界から、
綺麗事のまかり通らない現実へと戻ってくる。
それでも確実に、虚構の世界から何かを得て、
戻ってくる。

人を強くする映画ですね。

余談ですが、新宿ピカデリーでは、
入場者特典として今、ポストカード配ってます。

入場の時は何気なく見つめていたポストカードが、
帰り際には確実に泣かせにくるアイテムに変貌しているという、おそろしい特典でした。
どこまで泣かせにくれば気がすむんだ!

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観賞後二日して欲しくなって買ったパンフレット↓

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映画を劇場でリピートすることなんて滅多にないんですけど、
二度目の鑑賞に行ってきました。
もう冒頭一分で

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(↑あたくしが作ってるLINEスタンプ「ぴあじ」です)

こういう状態になります。
隅々まで丁寧に作られてあるのがひしひしと伝わってきます。
完璧だ。
これはもう、Blu-ray出たら買うでしょうね。