『闇の力』
原題:Власть тьмы
作:レフ・トルストイ(1828-1910)
1886年

「たとへ爪が一本罠に掛つても、小鳥の命はお終えだ」
「ええかニキータ、辱受けた者の涙アその、外へ流れて行きやしねえだぞ。必ずその、悪い事をした者の頭さ落ち掛かるだ。」
読んでいてすごく、
オニール『楡の木蔭の慾情』がちらついた。
老人に嫁いだ女が若い男に走り夫を殺す、的な。
もちろんこの『闇の力』のが先の戯曲なのだけど、
雰囲気が似ている。
こちらはニキータという色男が中心にいて、
彼が様々な悪事に手を染めていく。
染まっていくうちに耐えきれなくなり…
という物語。
途中に差し込まれる赤ん坊殺しの場以降、
ニキータはどこにいても赤ん坊の泣き声が聞こえるようになり、精神をやられていく。
この辺りは、
シェイクスピアの『マクベス』を彷彿とさせる。
序盤がテンポ遅くてわりと飽きがちになるけど、
読んでいった先の最終場にはとてつもない輝きがある。
怒涛の展開。
神の存在、といったものを感じさせる場面で、
カタルシスが半端ない。
陰鬱な物語の先にこんな名シーンが出現するとは、
トルストイ、髭が立派なだけではないのである。
翻訳は昭和2年、米川正夫先生。
この戯曲、舞台が田舎の村で、言葉も田舎言葉で書かれているらしい。
その結果、翻訳が
「〜だんべ」
調になっていて、激しい違和感。
そうするしかなかったのだろうけど、
田舎感は出てきても、
果てしない日本感が共に生じる。
何か、方法はないものか。
【収録】
『闇の力』作:トルストイ/訳:米川正夫
昭和2年 岩波文庫

【ネタバレあらすじメモ】
第一幕
秋。ある大きな村。
ピョートルの家。
ピョートルの妻アニーシャは、下男のニキータと浮気。
ニキータを結婚させようとしている母親マトリョーナはその様子を見るが無視。
結婚させようとしているのも旦那の考えだから、と。
マトリョーナは、ピョートルが死んだらニキータをアニーシャとくっつけようとしてる。
マトリョーナはアニーシャに毒薬を紹介。
そのにピョートルと、マトリョーナの夫・アキームやってくる。
アキームは息子ニキータを結婚させたいと打ち明ける。マトリョーナはそれをどうにか邪魔しようとする。
アニーシャはニキータを呼びに行く。
直接、結婚についてどう考えているか聞くという。
ニキータは孤児のマリーナに訴訟を起こされている。
それは事実なのかと詰め寄る父とピョートル。
ニキータは「でっちあげだ」と否定。
話は終わりニキータ一人。
聖像の前で十字を切ったら突き飛ばされたような気がした、と独白。
そこへ、マリーナがやってきたとの知らせ。
マリーナとニキータ。
マリーナはニキータに未練を告げ、呪い、去る。
第二幕
半年後。ピョートルの家周辺。
ピョートルはもう死にそうで、妹を呼ぶように娘に言いつける。
その言いつけが遺産がらみであろうから、アニーシャはうまく阻止。
そこへやってくるマトリョーナ。
例の毒は飲ませたか、金のありかは分かったか、と。
勇気が出ないアニーシャの背中を押すマトリョーナ。
そこへピョートル。
彼はアニュートカに妹を呼びに行かせる。
マトリョーナがピョートルの相手をする間にアニーシャは金を探すが見当たらない。
そこへニキータ帰ってくる。
ピョートルはニキータにいままでの行いを謝る。
マトリョーナは、ピョートルが金を身に付けていることを探り当てた。
妹がやってきてしまっては取り返しがつかない。
マトリョーナはアニーシャに、夫に早く毒を飲ませるように進め、
息子のニキータには、この家の相続権を手にする計画を説く。
アニーシャはピョートルの身に付けていた金を奪ってニキータに渡す。
どうやらピョートルは死んだらしい。
妹のマルファやアクリーナも帰って来て、
ピョートルの死が告げられる。
第三幕
ピョートルの家。冬。九ヶ月後。
ピョートルは死に、アニーシャとニキータは結婚。
しかしニキータは、こうなる前からアクリーナと繋がっていたらしく、
アニーシャは邪魔者扱い。
それを隣の女に愚痴るアニーシャ。
そこへニキータの父・アキームが金を借りにくる。
「銀行」というシステムを皮肉ったやりとり。
やがてアニュートカ、ニキータを探しに行ってたのが帰ってくる。
ニキータはべろべろに酔っているらしい。
アニーシャはアキームに相談する。
今ニキータといちゃこいてるアクリーナを、どこか嫁にやってしまいたい。
そこへニキータが帰ってくる。
アニーシャに対しひどい態度。
ニキータの父・アキームはそれを咎めるが、
聞く耳持たないニキータ。
第四幕
第一場 中庭
アクリーナを嫁にやる話が進んでいるようだが、
当のアクリーナは、どうやらニキータとの子が出来た模様。出産中?
ニキータはどうしたらいいかアニーシャに相談。
アニーシャは、穴を掘らせる、だのなんだの。
埋めるの?
ニキータ独白。彼はピョートル毒殺の計画を知ってからアニーシャとうまくいかなくなった、
自然の流れでアクリーナとくっついた、と漏らす。
アニーシャと、ニキータの母・マトリョーナは、
アクリーナの子供を「外聞が悪いから」
穴に埋めて殺そうとしている。
ニキータは協力を拒むが、ならばピョートル殺しを言いふらす、とおどされ、ヤケクソで協力。
ニキータは二人に圧をかけられ、赤ん坊を踏み殺す。
マトリョーナが穴に埋めようとすると、ニキータ半狂乱。
赤ん坊の泣き声が聞こえるといい、取り乱す。
第二場
赤ん坊を殺すシーンの差し替えとして使用される事があるというシーン。
老僕ミートリッチとアニュートカ。
ちょうど、庭で赤ん坊を殺している時刻。
アニュートカは、赤ん坊の声が聞こえないのが気がかり。
アニーシャが十字架を借りに来て、出ていく。
やがてニキータらが入ってくる。
赤ん坊を殺したニキータは錯乱。
アニュートカ、怖がる。
第五幕
第一場
穀打場。
アクリーナの婚礼。
マリーナが訪ねてきて、ニキータに会う。
ニキータは相変わらず錯乱していて、
マリーナといた生活が本物だった、と懺悔するが、
取り合わないマリーナ。
婚礼の席を抜けたのでマトリョーナが探しにくる。
早く式に戻れと言うマトリョーナ、反発するニキータ。
アニーシャも呼びにくる。
すぐ行くからと一人になったニキータは首を吊ろうとする。
と、藁の中で寝ていたミートリッチ目を覚まし、
ニキータに人生を語る。
「人間を恐れるでねえ」
ニキータは得心がいった様子で縄を捨てる。
第二場
家。
婚礼の場に出ていったニキータ。
警官など参列者の前で、
自分はマリーナを騙し、アクリーナの父を殺し、
アクリーナを汚し、子供を殺し、
今結婚させようとしていることを洗いざらい、
自分一人の犯行だと自供。
ニキータの父アキームは、途中でニキータを捕らえようとする警官を抑え、
最後まで言わせてやってくれ、神に懺悔をしているのだ、と説く。
神々しい幕切れ。
幕。
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