文学座有志による自主企画公演
大人のためのおとぎ話
『エレベーターの鍵』
作:アゴタ・クリストフ
訳:堀茂樹
演出:水野玲子
日程:2018年10月18〜20日
料金:2500円
会場:文学座新モリヤビル1F

_20181022_224008

『悪童日記』のアゴタ・クリストフの、
ほぼ一人語り戯曲『エレベーターの鍵』

建築家を夫に持つ女が、
外への唯一の移動手段であるエレベーターの鍵を
「お前のためだ」と奪われ、
さらには夫の友人の医師に
「ちょっとした手術だ」と
歩行能力を奪われ、聴覚を奪われ、視覚を奪われ…

という、なんとも暗鬱としたおもしろ戯曲だ。


それを、文学座の有志が上演するというんだから、
興味をひかれ観に行った。
あまり上演でお目にかかれる戯曲ではないような気がする。

四方の囲み客席、
入り口と窓らしき細長い枠、車椅子と、
シンプルながら好奇心をそそる舞台。
布を様々に使うことで、
あっさりと重要な身体能力を奪われていく様が印象に残る。
やや象徴的な身体の使い方が面白い。
男性二人(山森大輔×大原康裕)の、無機質に抑制された演技も、奪い去る者の不気味さを体現。


冒頭の長いおとぎ話が終わると、
女(宝意紗友莉)が、客席に語りかけるタイプの演技になる。

私の戯曲を読んだイメージとして、
・閉じた戯曲
・狭い戯曲
というのが強かったので、
観客に朗らかに語りかけ、時には客席の間に腰かけてみせる演技のオープンさは、
少し違和感を覚えた。
この不幸な「幸福」は、人物が一人で背負った方が強度が増すように思える。
演技がオープンになることで、それが弱まってしまったような印象。

その後に待つ不穏な展開の所々で、
閉じた方向に持っていかれるが、それが唐突で、
あからさまに見えるような印象があって、
結果、淡々と失われていく大切な「私」
に気付く場面、
「何もしてこなかった私」への憤りのエネルギーが、
蓄積しきれず、いきなりの爆発に私には見えてしまった感がある。
時折聞こえてくる唸り声が、ややチープ感。


一番、「うーん、どうなんだろう」と思ったのは、
前説。開演間際、静かに物語の始まるのを待つ客席に、
「あー、もしもし?今ね、アトリエの前!」
と老婆らしき声が響いてくる。
あれ、電話してる人が来た!と思い入り口を見ると、
黒いローブを被った役者が、電話してる演技で登場。
携帯の電源を切ること、大きな荷物はイスの下に入れること、などを、
電話の向こうの誰かに注意されているらしく、
それに答える声がそのまま客席へのアナウンスになり、そして開演を迎える、という形だった。

が、この一ネタが、たいして面白くない&開演に向けて緊張感のある会場の空気をがりっと崩していって、
「何だったんだ今の…」
という気持ちになってしまった。
普通の前説でよかったと思いますよ!
中身が笑えないゆえの配慮かもしれませんが、
なんかあべこべな印象がありました。


モリヤビルの会場入口は分かりやすいとは言えず、
建物前で「どこかしら」オーラを出している人が数人。
そのためにスタッフの方が入口付近に立ってられた模様ですが、
身内客とおぼしき方にだけ「入口こちらです」
と声をかけている様子は、ちょっと残念でありました。

こりっちで公式サイトとされているTwitterのアカウントを覗いても予約先がすぐに出てこず、
明日は前売り券完売、というお客さんのツイートを公式アカウントがリツイートしてるので当日券を狙って行ってみると、入った場内にはわりと多くの空席があったりと、制作面で損してそうな雰囲気も。



骨太な戯曲への真摯なアプローチ、
という熱意が感じられただけに、内容以外の残念な所が目につく公演でありました。