劇団だるめしあん
『魔法処女☆えるざ(30)』
作:坂本鈴
演出:村上秀樹(回転OZORA)

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劇団だるめしあんの15周年記念公演である。
まずは15周年、というのが素直にすごいなぁ、と。
15年前といったら2001年。
私が高校三年で、世界がアメリカの同時多発テロで震撼していたり、
私が文化祭で初めてちゃんとお芝居を進んでやって、楽しいなぁ、なんて思ってた頃だ。
その頃から、だるめしあんは活動している。

この公演、私は何度か稽古場見学に行っているし、
ブログでオススメしたりもしている。
しかも、そのオススメ読んで観に行って下さった方もいるらしい。
ありがたいと共に、下手な事書けないなぁ、と思ったりする。
まぁ、下手な事書いてるつもりはないし、
実際、私も観て、とても良い芝居だった。

芝居とか映画とかで、「あぁ、いいなぁ」と思えるのは、
私の場合、大きく2つに分かれる。

観終わった後に
・世界が少し変わって見えるもの
・すごく落ち込んだり、考えさせられたりするもの

分かりやすい例を出すと、
前者はマトリックスで、後者はダンサー・イン・ザ・ダーク、みたいな。
(舞台の場合、この他に、「おそろしくくだらない事を、おそろしいエネルギーでやる」タイプも好きだ0)

この『魔法処女☆えるざ』は、観終わって劇場出た後に、
「今日もがんばろう」と思える、世界が少しだけ素敵になる舞台だ。
『マトリックス』観終わった後のような
「銃弾避けられるかもしれない」
「世界は緑の文字によるプログラムで出来ている」
みたいな劇的な変化ではないけれど、
人間の日常の生活に根差しているという点では、『マトリックス』よりも
はるかに「心の栄養」という面では効果的だ。
ちゃんと舞台上で人間が悩んで、うまくいかないかもしれないけど、前に進んでいく。
そういう姿を観て、こちらもなんだか背中を押されるような気持になる。
『ジョジョの奇妙な冒険』で荒木飛呂彦先生が常々言っておられる、
「人間讃歌」が、この作品にもある。

この作品、初演も観てるんですよ。(初演の感想はこちら)
初演の時は、なんだか重く・暗い雰囲気で、ものすごいパンチをくらったような印象だったのですが、
今回は、明るく、ポップで、でも深い、とても食べやすい、でも一癖ある演劇になっていた。

ストーリーはこんな。
魔女は、えっちをすると魔法が使えなくなる。
魔女の間では「20歳までには魔女は捨てたい」というのが普通で、
主人公えるざも、もちろん早々に処女を捨てていた。
はずだったが、30歳になる今も、いまだに魔女で処女。
しかし、その事実をひた隠しにして毎日を過ごしている。
「今日の夜も男とデート」
そんな風に嘘に嘘を重ねては、
家で猫のみかづきに励まされたりする。
そんなとき、意中の男性に、こっそり魔法を使ってアプローチする事を企み、
魔法の練習を繰り返すうちに、だんだん魔法への未練の気持ちが強くなる。
恋か魔法か、2つの道の前にじれじれする30歳処女の魔女が、
がむしゃらに毎日を生きていく。

魔法、とか魔女、とか書いてる時点で、
何が「日常の生活に根差している」だ、と言われそうですが、
この作中では、ほんと、魔法の存在が、
「何か秀でていること」くらいに浸透しているので、とても受け入れやすいファンタジー。

そして、この「魔法」というのが、
観る人の誰にも思い当たるような
「手に入れたいと思うもの」「手に入れたいけど諦めたもの」「ずっと持っていたいもの」
に変換されやすい、ずるい設定なのです。

そろそろ良い歳だし、いつまでもこんなことやってちゃいけないな、とか
普通はこうあるべき、とか
誰しも、自分がやってることに少なからぬサムシングを抱いてたりするのでは。
そしてまさに、30歳という節目を迎えたえるざは、
「30で魔女はない」
という、誰から受けるか定かでないプレッシャーから、行動を起こすわけですよ。
で、それがことごとくうまくいかない。
かわいそうなくらいうまくいかない。

何かを得るために、何かを捨てる。
そんな選択が次々にやってくる。
この選択こそが生きることなのだ、と
ゲーム『メタルギア・ソリッド2』では言ってたような気がしますが、
えるざはなかなか選択ができない。
できないでもやもやしているうちに、
次々に様々な可能性が消えていく。
まさに、自分が自分を追い込んでいく。

初演を観た時には、
この舞台は、究極の二者択一の舞台だ、と思ったんです。
どちらの道を選ぶか、という。
『メタルギア・ソリッド』とか『ダークナイト』とかに通ずるような。
もちろん、今回も二者択一感はあったのですが、
なんかそれよりも今回は、

自分で自分を肯定する、という事を強く感じました。
そして、そこに打たれたりした。

えるざは作中で魔女であることがバレ、
予想していた反応とは違って、めっちゃほめられる。
憧れてたんです、とか、素敵でした、ファンでした、とか。
今も魔女でいてくれてうれしい、とか。
それで魔法への未練が一層高まったりするわけです。
(この誉められるシーンが、すごくよかった。
あの時のえるざさんはこんな魔法でこんな活躍をしたんです、とか。)

30で処女であることを「恥ずかしく思う自分」
が、30で魔女であることを「誉めてくれる人」に出会う。

「ほめられたいね。すごいすごいって言われたい」
と猫のみかづきに漏らすえるざ。
「でも大人になるとなかなか誉められない。だからセックスするのかな?」
↑これは色んな人が名台詞、と言ってた台詞。

しかし、処女を捨てるか、魔法を取るか、という二者択一の裏には、
今の自分に自信を持てるかどうか、
というのが含まれてるような気がして。
えるざが誉められた過去、は、魔女である自分が「すごい」と思っていた頃の話。
今はむしろ「こんなはずじゃなかった」が強いわけですよ。でも、魔女である、という。

ラストシーン、意外な形で作戦が失敗に終わり、
盛大に空を飛ぶわけですが、
あれは魔女であることを選んだ、というのとも違って、
あいかわらずえるざは「あ〜、えっちしたい」と言う。
望みは変わらず、「えっちしたい」
だけれども、魔女である自分も、誉めてあげたい。
誰に誉められなくとも、自分は誉めてあげたい。
という。

これが、なんとも、たまらなく清々しい。
現状に常に不安を抱いていたえるざが、
「これはこれ」、としっかり自分の今を受け入れる。
その上で、それでも「えっちしたい」という、それでもの話だと感じたのでした。

世の中にはいろんな「こんなはずじゃなかった」が溢れているけども、
その視点から、
「今の私はここにいる。それをともかくも認めようじゃないか。その上で前に進もうじゃないか。」
という所への転換。

普通はこうだ、とか、〜で当たり前、という観念に怯えず、ひるまず、前に進もう。
というような。

段々何書いてるかわからなくなってきましたが、
本当に、人に勇気を与える、明日への活力を与えるラストシーンでございました。


ちょっと違うけど、
『ジョジョの奇妙な冒険』の第5部、
ブローノ・ブチャラティの名台詞
「私は自分が正しいと思える道を歩いていたい」
に通ずる何かをいただきましたよ。


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えるざ(河南由良)とみかづき(藤田直美)
写真はえるざ役の河南由良さんのブログから拝借。