朗読STUDIOで共に励んでいる仲間(といってもずっと先輩ですが)
二宮隆さんから、
先日の僕の朗読『ビルディング』について色々とコメントを頂きましたので、
ブログ上対談みたいな形にしてみたいと思います。
二宮:
話の場面が変わるのとBGMの曲調が変わるのが、同じタイミングになったのは、
朗読と曲を合わせるときにソフトで編集したからでしょうか?それとも偶然?
西村:
これはですね、偶然です。
曲の出だしを聴いて、適当な所で読み始めがくるようにした所、
わりと良い感じの所に盛り上がりが来ました。
でもこれ、変な所で盛り上がったりするとえらい損(音楽にも朗読にも)になると思うので、
曲聴いて合わせるのでない限りは、
同じような調子が続く曲、を選曲した方が無難、でしょうね。
二宮:
もしかすると、(1)のように私が聞こえたのは、
BGMの曲調が変わったために、話の場面が変わったと感じたのかもしれない。
西村:
これもまたそうだろうと私も思います。
たとえば、同じ朗読でも、明るい曲と暗い曲を合わせるのでは
大分印象が変わるだろうな、と。
たしか『朗読の理論』という本で読んだのですが、
音楽や絵画はそれ単体で感性に訴えかける力を持つ「直接表現」
対して言葉は、聴いた言葉によって聴き手が解釈しイメージを膨らませる「間接表現」
このそもそもの違いが、大きく影響するのだと思います。
直接表現と間接表現が組み合わさると、
どうしても人の感覚は直接表現を優先するのやもしれませぬ。

二宮:
最初、淡々と読んでいたけど、後半に向って、読みが変わっていったような気がする。これも、BGMの影響があるのかもしれない?
西村:
これはたぶん僕が意図的にやってます。
自分が眠い、という段階から、もう一人の自分も眠い
↓
もう一人の自分恐ろしい
という過程で、恐怖感というか、何かしらの気持ち悪さを煽っているつもりですので。
BGMと上手く相乗効果が出てたら良いのですが…。
二宮:
西村さんのを聴いた後に、朗読CAFEの自分のものも聴いてみたら、
西村さんの朗読は、何か所か読み飛ばしているように感じました。
⇒自分の朗読を聞きながら、
「あれ、このシーンを西村さんは読んでなかったような気がする」
と感じたところがあった。
とすると、その部分は、BGMに引っ張られていたのかもしれない。(朗読を聞いてない)
西村:
これはですね、僕も何度も確認はしているので、読み飛ばしてはいないはずです。
なので、音楽に注意が向いて、朗読がかすんでいた、という事かと思います。
この、「途中、よく分からなくなった現象」は他にもご意見いただいていまして、
「どんな曲だったっけこれ」と考えていたら、その部分が入って来なかった、など。
このことから考えるに、
「押しの強い曲」と合わせるには、「押しの強い朗読」という方法を取るのが良いのかもしれませんね。
二宮:
引き算、プリンとせんべいの話は、新鮮に感じました。なるほどなるほど。
「朗読を聞きに来る」人なんて、コアな方であり、
間口を広げるには、音楽とコラボするのも必要という話にはうなづけます。
でもやっぱり、朗読ライブで音楽演奏入れると、音楽に食われちゃうなーと思います。
「音楽は非常に雰囲気を作るのが得意」については、
楽器と比べれば、人間の声は、感性に訴える能力に劣るからだと思っています。
この辺は、ここで私が書いていたりします。
西村:
倍音の話、興味深く拝見しました。
単純な所で言うと、僕は朗読するとき、メジャー/マイナーの意識だけは持つようにしてます。
僕は自分で勝手に「プラスマイナス朗読」と読んでるんですが、
語り手だったり人物の視点から考えて、
「プラスの言葉にはメジャー」「マイナスの言葉にはマイナー」
という意識で。
僕は音楽にあまり明るくないので、
単に音が高めになったり低めになったりしてるだけかもしれないですが。
勉強します。
朗読での倍音活用、面白そうですね。
一人でやる場合より群読で多いに力を発揮しそう。
たとえば、僕と二宮さんの朗読をシンクロさせて、
ある部分は僕だけが、ある部分は二宮さんだけが、
そしてある部分は二人できっちり合わせる、なんて事が出来たら相当面白いと思うのです。
と、長くなりましたが、
二宮さんの『ビルディング』と
僕の『ビルディング』
両方貼っておきますので、どうぞお楽しみ下さいませ。
ちなみに二宮さんのブログはこちらからどうぞ。
同じテキストで違う人の朗読、それこそ個性が出て面白いもんだなぁ、と思います。
最後のビルの笑い方なんか、確実に
両者のビルは性格違うんだろうなぁ、と。
皆さんもどうぞ、気軽にご意見ご感想お寄せ下さいませ。
二宮隆さんから、
先日の僕の朗読『ビルディング』について色々とコメントを頂きましたので、
ブログ上対談みたいな形にしてみたいと思います。
二宮:
話の場面が変わるのとBGMの曲調が変わるのが、同じタイミングになったのは、
朗読と曲を合わせるときにソフトで編集したからでしょうか?それとも偶然?
西村:
これはですね、偶然です。
曲の出だしを聴いて、適当な所で読み始めがくるようにした所、
わりと良い感じの所に盛り上がりが来ました。
でもこれ、変な所で盛り上がったりするとえらい損(音楽にも朗読にも)になると思うので、
曲聴いて合わせるのでない限りは、
同じような調子が続く曲、を選曲した方が無難、でしょうね。
二宮:
もしかすると、(1)のように私が聞こえたのは、
BGMの曲調が変わったために、話の場面が変わったと感じたのかもしれない。
西村:
これもまたそうだろうと私も思います。
たとえば、同じ朗読でも、明るい曲と暗い曲を合わせるのでは
大分印象が変わるだろうな、と。
たしか『朗読の理論』という本で読んだのですが、
音楽や絵画はそれ単体で感性に訴えかける力を持つ「直接表現」
対して言葉は、聴いた言葉によって聴き手が解釈しイメージを膨らませる「間接表現」
このそもそもの違いが、大きく影響するのだと思います。
直接表現と間接表現が組み合わさると、
どうしても人の感覚は直接表現を優先するのやもしれませぬ。
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二宮:
最初、淡々と読んでいたけど、後半に向って、読みが変わっていったような気がする。これも、BGMの影響があるのかもしれない?
西村:
これはたぶん僕が意図的にやってます。
自分が眠い、という段階から、もう一人の自分も眠い
↓
もう一人の自分恐ろしい
という過程で、恐怖感というか、何かしらの気持ち悪さを煽っているつもりですので。
BGMと上手く相乗効果が出てたら良いのですが…。
二宮:
西村さんのを聴いた後に、朗読CAFEの自分のものも聴いてみたら、
西村さんの朗読は、何か所か読み飛ばしているように感じました。
⇒自分の朗読を聞きながら、
「あれ、このシーンを西村さんは読んでなかったような気がする」
と感じたところがあった。
とすると、その部分は、BGMに引っ張られていたのかもしれない。(朗読を聞いてない)
西村:
これはですね、僕も何度も確認はしているので、読み飛ばしてはいないはずです。
なので、音楽に注意が向いて、朗読がかすんでいた、という事かと思います。
この、「途中、よく分からなくなった現象」は他にもご意見いただいていまして、
「どんな曲だったっけこれ」と考えていたら、その部分が入って来なかった、など。
このことから考えるに、
「押しの強い曲」と合わせるには、「押しの強い朗読」という方法を取るのが良いのかもしれませんね。
二宮:
引き算、プリンとせんべいの話は、新鮮に感じました。なるほどなるほど。
「朗読を聞きに来る」人なんて、コアな方であり、
間口を広げるには、音楽とコラボするのも必要という話にはうなづけます。
でもやっぱり、朗読ライブで音楽演奏入れると、音楽に食われちゃうなーと思います。
「音楽は非常に雰囲気を作るのが得意」については、
楽器と比べれば、人間の声は、感性に訴える能力に劣るからだと思っています。
この辺は、ここで私が書いていたりします。
西村:
倍音の話、興味深く拝見しました。
単純な所で言うと、僕は朗読するとき、メジャー/マイナーの意識だけは持つようにしてます。
僕は自分で勝手に「プラスマイナス朗読」と読んでるんですが、
語り手だったり人物の視点から考えて、
「プラスの言葉にはメジャー」「マイナスの言葉にはマイナー」
という意識で。
僕は音楽にあまり明るくないので、
単に音が高めになったり低めになったりしてるだけかもしれないですが。
勉強します。
朗読での倍音活用、面白そうですね。
一人でやる場合より群読で多いに力を発揮しそう。
たとえば、僕と二宮さんの朗読をシンクロさせて、
ある部分は僕だけが、ある部分は二宮さんだけが、
そしてある部分は二人できっちり合わせる、なんて事が出来たら相当面白いと思うのです。
と、長くなりましたが、
二宮さんの『ビルディング』と
僕の『ビルディング』
両方貼っておきますので、どうぞお楽しみ下さいませ。
ちなみに二宮さんのブログはこちらからどうぞ。
同じテキストで違う人の朗読、それこそ個性が出て面白いもんだなぁ、と思います。
最後のビルの笑い方なんか、確実に
両者のビルは性格違うんだろうなぁ、と。
皆さんもどうぞ、気軽にご意見ご感想お寄せ下さいませ。

コメント
コメント一覧 (2)
また、私のブログも来ていただきありがとうございます。
コメントいくつか・・
> 音楽や絵画はそれ単体で感性に訴えかける力を持つ「直接表現」
> 対して言葉は、聴いた言葉によって聴き手が解釈しイメージを膨らませる「間接表現」
> このそもそもの違いが、大きく影響するのだと思います。
> 直接表現と間接表現が組み合わさると、
> どうしても人の感覚は直接表現を優先するのやもしれませぬ。
> なので、音楽に注意が向いて、朗読がかすんでいた、という事かと思います。
「間接表現」とは、聞き手の脳の処理として、
・言葉を聞いて理解して、頭の中にイメージを作るステップ。
・そのイメージを感じてもらうというステップ。
という段階を踏むということなのでしょう。
音楽、絵画、映像は、脳が、直接イメージを感じ取れるとすれば、脳はイメージを作らない楽な方を選んでいるのだと思います。
⇒脳科学では常識なのかもしれないですが・・この辺も調べてみると興味深い。
音楽に朗読がかすむということも、同じようなことが言えますね。
> 単純な所で言うと、僕は朗読するとき、メジャー/マイナーの意識だけは持つようにしてます。
> 僕は自分で勝手に「プラスマイナス朗読」と読んでるんですが、
> 語り手だったり人物の視点から考えて、
> 「プラスの言葉にはメジャー」「マイナスの言葉にはマイナー」
> という意識で。
たぶん、人間は、話すときの声の周波数成分を無意識に変化させていて、明るい声や暗い声という風に声を出しているのだと思います。
ですので、声の周波数成分とか、倍音がその効果を出しているということを意識しておくのは、朗読で表現する上で大事なのかもしれないって、最近、思っていたのでした。
では、どのようにすればよいのか(声を出せばいいのか)は、まだわからないです。
でも、「プラスの言葉でマイナー」という表現もあるわけで、朗読でそういうところが伝わったりすると、とってもうれしくなるのです。
あ、もしかして、こういう話って、演劇では当たり前なことかもしれないですね。
> 朗読での倍音活用、面白そうですね。
> 一人でやる場合より群読で多いに力を発揮しそう。
> たとえば、僕と二宮さんの朗読をシンクロさせて、
> ある部分は僕だけが、ある部分は二宮さんだけが、
> そしてある部分は二人できっちり合わせる、なんて事が出来たら相当面白いと思うのです。
人間を楽器に見立てて、声で演奏ということになりますかね?
アカペラの朗読?朗読のアカペラ?朗読でハモる?
確かに二人で同じフレーズをしゃべるような朗読ってないですね。
何か、とっても難しそうな感じです。とにかくこれまでとは違うパフォーマンスになるでしょう。
と、つれづれなるままに、コメントでした。