0df92f2c.jpg











オーストラ・マコンドー 1stオーストラ
『三月の5日間』
作:岡田利規
演出:倉本朋幸
2010年1月7日 プレビュー公演
1月8〜17日
@赤坂レッドシアター


まったく個人的な感想ですが、
肌に合うか合わないかで言うと、合わない。
それが素直な感想です。

チェルフィッチュの『三月の5日間』は観ていない、読んでいない、
という状態なのだけれど、
新国立劇場で観たチェルフィッチュの『エンジョイ』から考えるに、
「劇場で観る」のが楽しそうな公演だな、と思います。


「劇場で観る」という事は、やっぱり演劇の演劇たる魅力なのだと思うわけで、その点、

オーストラ・マコンドーの『三月の5日間』にはそれがあったかどうかと聞かれると、首をひねってしまう。

作りがとても映像的な感じがして、
そんなら映画でいいかな。とか思ったりもしてしまう。

でも、こういう芝居が、今、人気があるのだろうって事も、
肌で感じる部分ではある。


きっと僕の趣味が古臭いだけなんだろう。
エネルギーがあふれ出して抑えきれません、みたいなのが大好きな僕にとっては、なんだか物足りないのです。

じゃあ、現代口語演劇自体苦手かっていうとそうでもなく、
青年団とか観ると面白い。

なんだろう。なにが起きてるんだろう。

オーストラ・マコンドー版の『三月の5日間』、
原作をだいぶ脚色しているらしいとの事。
しのぶの演劇レビューを読んだ感じだと、
この公演で一番観客の目を引くだろう、「捕虜虐待ゲーム」的な場面に発展するシーンが原作には無いのだとか。
そう言われてみれば、あのシーン、
「ずっと豆腐食べてたのに味噌カツが出てきた」みたいな空気の違いがあったな。

演出も役者も、その部分に相当気合い入れて作ってるように見えただけに、
原作にある無いってのは気になります。本読んで確かめよう。

ほんとに、やたら気合いが入っていたというか、
空気感とか、うまいな、と思います。

ただ、うまいと好きは違うのが面白いところ。

あれで一撃ハートに響くかというと、僕はそうではなかったですね。

やりすぎは基本的には面白いんだけど、
やりすぎすぎるともはや観ていて痛々しいというか、一歩引いてしまうところがありました。

今日、たまたま読んでいた本に、印象的な一文が。

「忘れられがちなことですが、拷問者というものは実はすぐに退屈してしまうのです。やる気をなくさないでいるためには、笑えるような事柄がなくてはならないのです。」
『ハロルド・ピンター ?』/早川書房(ハヤカワ演劇文庫)

これ読んで、あのシーンを思い出してみると、またいろいろと考えさせられます。



怖かったのは、ミッフィー(岡田あがさ)。
セリフ言ってるときはもちろんなんだけど、
じっと座ってるときなど、始終、舞台にいる間中、
エネルギーがだだ漏れ。もちろん、いい意味で。
「三月の5日間」への愛が、一人飛びぬけているようで、素敵でした。